ある朝の電車にて

 ある朝の電車にて。

 朝、割りと早い時間に乗った電車は、羽田空港からやって来た電車だった。ちょうど席が埋まって、扉間には片側2, 3人づつ立つくらいの、適度な混み具合。コレより後の電車になると、つり革が埋まり始まり、押し合いへし合いが始まるので、辛うじて「快適」に通勤できるぎりぎりな早さの電車だった。その分朝が早く眠い。いつもの癖で海側が見える向きで立ち位置を確保した。ぼんやりした頭で座っていた客を見渡したところ、通勤客と空港から来たと思われる旅行客とが2:1くらいに見えた。そして電車は走りだした。

 窓からの日差しを遮るブラインドが珍しく全開だったので、まださほど高くない冬の日差しに目を細めながら脳がジワジワ覚醒していくのを感じた。高架から見える町並みは、京急に並走する国道15号線。いつも自転車で走る道を眺めたなら、手持ちの iPhone で毎朝の日課であるカナダの国営放送 CBC をネットラジオで聞いていた。 iPhone 5s に変えてからというもの LTE の帯域の太さをフルに活かしたネットラジオが実に快適に聞ける。 iPhone 4s の頃にはすぐ接続が切れていたことを思うと、実にありがたいことだ。

 電車は程なく平和島に着いた。ここで乗客が多少乗ってきたが、全く押し込まれる感はない。目の前に座っている乗客達も降りる気配がない。ふと、一番端に座っていた中年の女性がソワソワしながら駅を覗き込み、扉脇に立っていた女子高生になにかたずねているのが見えた。見ると大きなかばんを抱えた旅行者だ。イヤホンが耳をふさいでいたのでやりとりは聞こえなかったが、どうやら女子高生が的確な回答をできなかったらしく、女性は再度座ったもののソワソワしている。身を乗り出すのも不自由しない程度の車内だからと、イヤホンを外して話しかけてみた。

「どちらへ行かれるのですか?」

女性は切符を見せながら言った。

「カシワ・・・」

片言の日本語。雰囲気からして台湾人っぽい。切符には「北総線」「540円」という文字が見えた。

「Ok. You should take this train all the way to the terminal…」

外国人と見るや、つい英語で話しかけてしまった。しかし言葉を理解してる感じがない。改めて、

「最後まで乗っていると大丈夫」

と日本語で話かけたら、女性は安心したようでひとまず座り込んだ。この電車が青砥行きにせよ高砂行きにせよ、終点まで着けばそこから先に乗り換えるなりなんなりするだろう。

 電車は立会川でさらに客を乗せたが、まだマシな混み具合だった。さっき「最後まで乗っていれば」と言ったが、この電車はよく考えたら印西牧の原行きだった。そこまで行ってしまったら折り返すしかない。しかも「540円」程度で行ける駅ではない。柏へ行こうとするなら、品川で乗り換えて山手線で上野、そこから常磐線のはずだが、あの540円の切符は一体・・・? 手持ちの iPhone で時刻表サイトを調べてみたが、羽田空港から540円では品川へ行くには多いが、そこから先には行ける金額ではない。そもそも「北総線」の文字が見えたということは、北総線まで直通するはず。そこからどうするんだ?

 そうこう考えている間に電車は青物横丁を過ぎた。540円が羽田空港発でないとしたら、泉岳寺だろうか? あるいは押上だろうか? その起点がどこからなのかわからない。よくよく考えたら、「カシワ」が柏駅なのか柏市のどこかなのかわからない。

 品川に着いた。ここで乗客の大半が降りた。この時間は品川止まりの電車を受けることもないので、乗り込む客も少ない。目の前の席も一気に空いたので、女性の隣りに座って聞いた。

「『カシワ』は『柏駅』へ行かれるのですか?さっきの切符、もう一度見せてもらってよいですか?」

女性は柏駅へ行きたいという話をして切符を見せてくれた。

「高砂→540円」

なんで、そんな区間の切符? とりあえず適当な切符を買ったのか?

「じゃあ、新橋で降りて山手線に乗って上野。上野から常磐線に乗ったら柏にいけるので」

と説明をした。駅名を一つ一つ拾いながら理解している風だったので、自分の説明が間違っていないことを確信したが、最後に女性が言った。

「とんぷーしぇん」

とんぷーしぇん・・・東武線? そういえば新鎌ヶ谷から柏行きがある。時刻表サイトで調べてみたら、京成高砂から新鎌ヶ谷まで540円。ビンゴだ。そして新鎌ヶ谷から柏は東武野田線でまっすぐ北上。最初に「柏」と聞いた時、なぜか脳内で津田沼の位置で認識してしまっていたので混乱したのだった。たしかにこのルートなら通勤ラッシュに巻き込まれることなく、乗り換え回数も最小限で済む。わざわざ JR に乗り換える必要もない。

「わかった。新鎌ヶ谷で降りて、とんぶーしぇん。そこから柏行き。新鎌ヶ谷ね、しんかまがや」

大事なことを三回繰り返したら理解してくれたようだった。あとは新鎌ヶ谷の到着時刻教えれば良いと思い、乗り換えサイトで調べ始めた。女性はその駅名をメモしようとしたが今ひとつわからないようで、車内の路線図を探しだした。車両は北総の9000形。扉の上に電光掲示板はない。貼られた路線図も小さくて見づらいようだ。品川で乗客の多くが降りたとはいえ、まだ乗客は多く、路線図を指して説明するのは難しい状態。そのためか再度駅に着く度にソワソワしはじめた。こちらは列車の時刻表を調べたのだが、アクセス特急に乗り換える時刻しか出ず、この列車に乗り続けた場合の到着時刻がわからない。そこで時間切れ。残念ながら降りる駅に来てしまった。

降り際に、

「ありがと」

と言ってくれた女性に、

「新鎌ヶ谷までだいたい一時間くらい」

と伝えたところ、そんな先なの?という感じの反応だったがひとまず安心したようだった。まぁあとは駅名のアナウンスを注意深く聞いてくれれば大丈夫だろう。

降りてから思い出したのが、列車の始発から終点までの到着時刻を調べるにはえきから時刻表が使えたこと。漢字が読める文化圏の人なら、変に路線図を調べさせるより iPhone の画面を見せれば早かったこと。そして気づいたのは、新鎌ヶ谷駅なら「HS08」などという ID がついているのだが、アナウンスではほとんど言わないので結局駅の看板を見ないとわかりにくいということだった。

 羽田空港の国際線がこれから更に増えるので、こういうことはますます増えるのだろうなと思いながら、仕事に向かったのだった。

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