本田雅人



 時に1990年。当時高校生だったわしは、まわりがZIGGYだのX (Japan)だのを聴いてる中、一人THE SQUARE(当時)にハマっていた。なんつーかこー、ギターがやかましいだけで、聞き取れない発音のヴォーカルに嫌気が差して楽器系に走っていたのかも知れない。

 時は1991年。T-SQUARE(当時)のフロントを務めていた伊東たけしが脱退というニュースが流れた。これは普通のバンドで言うなら、ボーカルが抜けるようなもの。もっというならば、バンドのカラーもなにもかもが変わってしまうという衝撃的なものだった。後釜としてやって来たのは本田雅人。直前に出てたライヴアルバムのホーンセクションでサックスを吹いていた人だという認識しかなかった。そして発売されたアルバム、「NEW-S」。衝撃的だった。一曲目のMEGALITHでそれまでの"SQUARE"という概念が吹き飛ばされた。そして二曲目のソプラノサックス。非常に情緒的な音に惹かれた。これまでの伊東の音色とは180度違うと言うても過言ではないその音色、音色、演奏形態に惹かれていき、った。そして学生となってそれなりに自由も出来たったわしは、1992年の「IMPRESSIVEツアー」に行ったのだった。

 オープニングは「OMENS OF LOVE」。ステージ構成も決まっている。こうして幕を開けた感動のステージ。一通り前半の演目が終わって、司会は須藤満。内容は、アメリカの西海岸でやったジャズフェスティバルのこと。そして須藤が本田を呼び寄せると拍手が沸き起こった。マイクを渡された本田が一言、

「蒸し暑くなかったから、ステージ衣装が一週間もったよね〜」

内容はさておき、そのサックスを吹く時の鋭さが微塵も感じられない、のんびりとした口調に脱力しまくりだった。デビュー作とも言えるMEGALITHで、それまでのT-SQUAREをぶち壊した人が、バラードのエンディングで曲調関係なく延々と派手なソロを決めて、その曲の概念をぶちこわしつつも最後しっとりと終わらせられた人が、他の演者の陰になり日当になり、するどく音楽を作り上げていた人が、なんでこんな力の抜ける喋りかたなの!? あの口調と音楽はどこで繋がっているの!?

それはそれは面白かったのだが、いまでも本田雅人ビデオを見る度に思うことである。

Posted: Sun - July 11, 2004 at 01:19 AM          


©